| FAIRLADY Z S130 1978-1982 |
1969年に「S30Z」の輸出が始まると、その数は飛躍的に増加しました。
日本のスポーツカー「フェアレディ Z」はアメリカ市場で大きなエポックメーカーとなり、“Z−CAR”というニックネームで「Z」に乗る事がステータスとなりました。「フェアレディ
Z」はアメリカで年間4〜6万台を販売する日産の輸出の旗手となりました。
国内販売は1979年の「18651台(日産広報部)」をピークに低下しましたが、輸出の勢いは衰えませんでした。
フルオープンカーはアメリカ市場で「保険料」が非常に高く、Zの導入に際して「オープンモデル」を造らなかった理由の一つにも挙げられていました。
しかしながら「オープンカー」の爽快さが欲しいとするユーザーからの要望に答える為、S130シリーズに「Tバールーフ」が登場しました。
僕自身にとって「S130」は「排ガス規制」もあり、リアの所に「NAPS」というバッジがあったのが、とても印象的でしたね。
今までの「四輪ストラットによる独立懸架」から、同じ四輪独立懸架でもフロントのストラットはそのままで、リアをセミトレーリングアームへと変更し、これは「日産」にとって「FR系シャーシ開発」の一つとなりました。
ボディタイプでは「2シーター&2by2」の両方があり、エンジン形式は「L20&L28(直列6気筒)」で、1982年には「L20」にターボチャージャーが搭載され「145馬力のL20ET」になりました。
当事はまだ「フェアレディ Z」なんて「高級車」ですから僕達には到底、買えませんでしたが憧れでしたね!
上記の画像の一番下には次世代の「Z31」が出現しています。次回は「Z31」を掲載したいと思いますので、皆様お楽しみに!
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